海から獲れるもの。同じ姿形のものはありません。
しらすにとっても、毎日、素性や姿形が変わります。

だから、手作業でこしらえるのです。

自然は、美しいから。

ほんとに美味しいしらすは、人の手で造られるのです。

昔からの知恵を使って、人の食べるものを造りたいのです。

紀州は加太沖の獲れたての生シラス

地元本脇のシラスは、「パッチ網」という漁法で2隻の船をはさんで網をしかけます。真ん中の船は、漁場の指示をだしたりの船頭船です。

写真は、磯の浦。
サーファーさん達のすぐそばで、シラス漁が行われています。

獲れたてのシラスを乗せた船が、西脇漁港に入ってきました。

昔ながらのサイレンが浜中に鳴ります。
その音を聞き、生のシラスを買い付けに港に向かいます。

仕入れを終えた獲れたての生シラスは、加工場に運ばれ
釜あげ名人はじめ、長年の熟練さん達に、待ってたとばかりに早々に製品にされていきます。

生のシラスは、鮮度が命です。鮮度が落ちないよう、手早く、きれいに、丁寧に。と、次々に釜あげ名人から指令がだされ、その日、そのシラスにあった製法・手順で美味しくなるように製造されるのです。手抜きは許されません。中善で、一番活気付くのがこの時間です。
たとえそれが早朝であっても、夕方遅くであってもパワー全開で、人のちからで鮮度が落ちないうちに釜あげ名人の待つゆで釜に運ばれていきます。

150度以上にもなる煮えたぎっている厚釜のなか、生のシラスが踊るように釜あげ名人の手によって湯でられていきます。

丹念にアクを取り、「美味しくなるように。美味しくなるように。」 と気持ちを入れ、ふき上がってきた所をゴム手袋をしただけの腕で一気にすくいあげていきます。

時には、腕のやけどをしながらのこの作業。熱さとの戦いの中、それでも美味しいシラスを造りたいから、ひとの食べるものを造りたいから。と、その一心 それだけです。


美しく仕上がった釜あげしらすは、
ふっくらとしていて、それでいてすべすべのなんともいえない
海のよい香りのする絶品な仕上がりになりました。

「あー、美味しそうやなぁ。」 

この瞬間がうれしくて、
はやくお客様に食べても
らいたくて、
笑顔をみたくて、

面倒だけれど手間ひまをかけた手作業のシラス造りにこだわっっています。

 

オートメーション化の進むこの時代に、便利な機械が次々にでてきて、それはそれで便利で素晴らしいけれど、
手作業で、いつまでも職人気質で頑固にこだわった人がいても、それもそれでいいかな。と思うのです。

時代に乗り遅れ、頭を打つ日がくるのか。
それはわからないけれど行ける所までこの姿勢で頑張りたいと思っています。